「理学療法評価」とは何ですか?
4月・・・養成校の最終学年の学生さんにとっては、いよいよ本格的に臨床実習に入りますね。この時期に、臨床実習で学生さんを受け入れる施設は、養成校主催の臨床実習指導者会議に出席し、受け入れる学生さんと対面することになります。そして、皆、緊張しながら指導者に対し、実習に向けての質問をします。まさに、初心忘るべからずの初心の時期ですね。私の施設も、毎年5月より実習生が来ることになっています。
多く養成校が、評価実習と言われる実習より長期の実習が始まると思います。私は、評価実習を迎える学生さんに対して、実習の1週目に問いかけることがあります。それは、こんな言葉です。
Q .「理学療法評価とは何ですか?」
この問いに、ほとんどの学生さんは答えることができません。理学療法評価の授業は、理学療法評価法というタイトルで、すでに履修したのにも関わらずです。学生さんが私のところに実習に来るたびにこの質問を投げかけ、毎回、黙ってしまう、もしくは、「関節可動域や筋力を測定すること」など、検査・測定をすることだと思って答えています。確かに、検査・測定は、評価の手段ではあります。しかし、評価そのものではありません。
では、なぜ、的外れな答えになってしまうのでしょうか?
それは、一般的な理学療法の流れを理解していないからだと思います。おそらく、学校の授業で、教科担当の先生が必ず教えてくれているはずです。しかし、多くの学生さんは、理学療法を実際に経験していないため、その流れを理解できていないのだと思います。
私は、学生さんが実習に来る際は、必ず、学校で使っている評価法の教科書を毎回持って来るように伝えます。そして、その教科書をもとに実習を進めます。臨床実習は、あくまで学校で習ったことを基礎に行われるものです。そのため、教科書から大幅に外れるような実習の内容は避けるべきだと思っています。
しかし、一方で、患者さんや利用者さんの身体的な反応は、教科書に当てはまることはありません。教科書は、そういった患者さんや利用者さんの平均的な反応を載せるからです。平均に完璧に当てはまる人はいませんよね。逆を言えば、平均に当てはまらない反応は、学びと言えないでしょうか。
臨床現場では、よく、患者さんや利用者さんから学ぶということが言われます。私はこの学ぶことを、平均に当てはまらない身体反応を新たな発見することだと捉えています。そして、そのような発見を蓄積していく・・・この過程が生涯学習であり、教科書や講習会では学べない学びだと思います。医療従事者は、患者さんや利用者さんと接している限り、学ぶ機会がなくなることはないと思います。しかし、それは学ぶ側の意識の問題であり、変化を発見できるだけの視点が必要だと思います。
まず、「理学療法評価」の目的を理解する。
改めまして、「理学療法評価」とは何でしょうか?
私は、以下のように学生さんには説明しています。
「問題点を見つけること」「問題点を明らかにすること」「問題点を抽出すること」
理学療法評価法の序章に、上記のようなことが書いてあると思います。問題点を見つけることが、理学療法評価の目的であり、ミッションです。しかし、意外と読み飛ばされてしまいます。多くの学生さんは、教科書の中盤に書いてある、関節可動域や筋力などの検査・測定の部分に着目してしまい、最初の項目を深く読み進めることはないようです。私が担当した学生さんは皆そうでした。しかし、検査・測定は、理学療法評価を進めるための「手段」であり、理学療法評価の「目的」ではありません。それを勘違いしている学生さんが多いような気がします。そのため、「理学療法評価とは何ですか?」と質問する私に対して、学生さんは、「関節可動域を測定すること」とか、「MMTを測定すること」と答えてしまうのだと思います。
「理学療法評価」の進め方は?
「理学療法評価とは問題点を抽出すること」と説明しましたが、実際はどのように進めるのでしょうか?
皆さんは、ケガか病気かで1度は病院にかかったことがあると思います。その流れを思い出して下さい。私が最近膝を痛めたことを例に説明していきます。
- まず、医師に「どうされましたか?」と聞かれます。
私は、「ジョギングをして膝を痛めました。」と答えます。 - 次に、医師は問診や触診をして「では、MRIを撮って調べてみましょう。」と私に伝えます。
私は、MRI室に行き膝のMRIを撮影されます。 - 最後に、医師は、問診、触診、MRI結果を見て「原因は半月板損傷ですね」と診断結果を伝えます。
私は、原因を聞いて納得します。 - その後、半月板損傷の治療段階に移行します。
上記のような流れが、診察の一般的な流れだと思います。
この「原因は半月板損傷ですね」と診断することが、理学療法で言うところの問題点です。診断するのは、法律上、医師にしか許されていないことなので、理学療法士は診断することはできません。ただ、問題点を抽出する過程は、医師が診断を下す過程と同様です。理学療法は西洋医学を基礎に成り立っているため、病気を見つける診断と同様、問題点を見つけるために様々な検査・測定を行い、問題点を見つけ出すのです。
以下に、私が学生さんに教えている理学療法評価の手順を具体的に解説します。
1.主訴・HOPEを確認する
理学療法評価を始めるにあたり、まず第一に、問診によって患者さんや利用者さんが何に困っているのか、何が辛いのかを徹底的に聞き出すよう指導します。主訴の確認です。そして、この先、どうなりたいのか、何を望んでいるのかを確認します。これがHOPEです。主訴とHOPEの確認が、理学療法評価の出発点になります。
私は、初めて評価を行う時は問診の時間を20分程度(1単位分)取るよう指導します。問診は理学療法評価を行うにあたり、特に何も情報がない場合は多くの時間を要すると思います。逆に言うと、多くの時間を使っていない理学療法士は、あまり信用できないのかもしれません。
また、初対面の場合、問診によって対象者との信頼関係を築く必要があります。これをラポール形成と言います。
ラポールRapportとは・・・
フランス語で橋を架けるを意味し、日本語では信頼関係と訳される。心理学の分野で良く使われる言葉。
問診により信頼関係が築けなければ、検査・測定、さらにその先の理学療法を円滑に進めることはできないでしょう。ラポール形成は、理学療法を行うにあたり非常に重要なことだと思います。
私自身、問診の中で考えていることは、以下のようなことです。
私が考えていることは・・・
問診をしながら主訴の原因となっているものは何か、そして、それを裏付けるためにはどのような検査・測定が必要なのか、を考えながら対象者の話を聞きます。
しかし、実習の現場では、不慣れな学生さんはここで話が脱線してしまい、評価に必要のない話を延々と聞かされる、という光景を多く目にします。もちろん、雑談は信頼関係を築く上で重要なことですが、限られた時間で評価を進めなければならない理学療法士にとっては、話を軌道修正するコミュニケーション能力が必要です。これができる学生さんとできない学生さんの差は何か?それは、これまでの経験値によると思います。つまり、自分より年上の、様々な世代の人たちとたくさん会話をしてきたか、です。部活の先輩、アルバイトの先輩・上司、ボランティア活動での出会いがそれに当たります。このような過去の経験が、自身の経験値となり、臨床実習に生かされるのです。
また、実習の中で、学生さんが対象者に「困ったことや辛いことはありますか?」と聞いたところ、「特にありません」と返答されて困っている、という光景もよく目にします。これは、聞き方に問題があると思います。こちらが、具体的に「こういう時はどうですか?」等々、対象者の立場から具体的に質問ができれば、「特にありません」のような返答をされることはありません。「こういう時はどうですか?」と質問できないのは、問診の中身が不十分であるということだと思います。だからこそ、対象者のカルテを含めた事前の情報収集が重要となるのです。
2.動作を観察する
問診により、患者さんや利用者さんの主訴・HOPEが確認できたら、次の段階です。理学療法士は、法的には基本動作の改善が主な仕事であるため、動作観察は理学療法士の専門性を発揮する最たる部分です。そのため、学生さんには、問診後に対象となる方の主訴に関わる実際の動作を行ってもらうよう指導し、観察してもらいます。
例えば、整形疾患の場合、多くが痛みを主訴として病院に来られます。それに対し、理学療法士はその痛みがどのような動作で起こるのかを、痛みが出現する実際の動作を再現してもらうことで確認し、痛みの原因を推測します。
また、片麻痺患者の場合、日常生活の中で、この動作がもっとうまくできれば生活の質が格段と高まることがあると思います。そして、その多くが歩行動作に関連することだと思います。この場合、理学療法士は、歩行観察を通して原因を考え、日常生活の支障となっている歩行時の異常動作の原因を推測します。
上の2つの例で示した推測することが、問題点を抽出するための仮説であり、その仮説を立証するために検査・測定を行う、というのが一連の理学療法評価になります。これがまた難しいことであり、最も学生さんを悩ます課題だと思います。
3.検査・測定を行う
問診し、動作観察を通して問題点になるであろうことが仮説として浮かんだら、あとは、それを証明するための検査・測定を学生さんに行ってもらいます。学校で実技練習した成果を存分に発揮する場面ですね。検査・測定項目の選定は、動作観察により決定するので、この点は指導者の先生と意見交換した方が良いと思います。的外れな検査・測定項目を選定してしまうと、無駄な時間を使ってしまうことになります。学生さんは、指導者の先生とよく相談しながら行って下さい。
学生さんは、検査・測定を理学療法評価の本質と捉えているようですが、あくまで検査・測定は、仮説を立証するための「手段」に過ぎません。仮説を証明するために、検査・測定を通して異常を見つけ出し、異常動作が起こる要因を浮き彫りにする。この裏付け捜査のような検査・測定をしてはじめて、仮説が立証されるのです。
しかし、この裏付け捜査は、数値が正確であることが大前提です。もちろん、検査・測定により出された数値が信頼に値する物でないと、当然のことながら誤った方向に仮説を解釈してしまうことになります。そのため、検査・測定の「信頼性」は、とても重要となります。信頼性については、教科書にも書いてある通り、検者内信頼性と検者間信頼性があります。
検査・測定の友人との実技練習を例に、簡単に説明すると以下の通りです。
- 検者内信頼性:同じ被験者に対し、自分が何回も検査・測定しても同じ数値が出る。
- 検者間信頼性:同じ被験者に対し、自分と友人が検査・測定しても同じ数値が出る。
次に説明する統合と解釈は、出された数値の信頼性が高いことが大前提にあるので、学生さんは、教科書に書いてある方法を忠実に行いながら実技練習に取り組んで下さい。
4.統合と解釈を行う
問診→動作観察→検査・測定を通して、問題点を抽出するための材料(問診、動作観察、検査・測定の結果)が整いましたら、これらの繋がりを整理する作業が始まります。これが、学生さんを悩ませる統合と解釈です。統合と解釈は、実際、理学療法士として経験を積んでいかないとわからないことなので、学生さんレベルで理解するのは非常い難しいと思います。いわば、ミステリー小説の謎解き作業のようなものだからです。
主訴・HOPEを確認して動作観察を行い、その中で見えた異常所見を検査・測定により確認、出された数値と異常所見をつなげて解釈する。これを、理学療法の経験のない学生さんに理解させることは、指導者として相当に難しいことです。
そのため、昨今の臨床実習では、クリニカルクラークシップと言われる臨床参加型実習により、指導者の思考を学生さんと共有しながら進めていく実習に変化したのだと思います。これにより、かつては、指導者の「やれ!」の一声で、学生さんは自ら調べながら統合と解釈を行っていましたが、指導者の視点や思考を共有しながら進められることにより、統合と解釈はずっと理解しやすくなったと思います。だからこそ、学生さんは、統合と解釈を理解するために、指導者へどんどん質問して下さい。
5.問題点を抽出する
統合と解釈により、主訴・HOPE、動作観察、検査・測定の全ての繋がりを統合し、解釈ができましたら、ようやく問題点を抽出し、整理する作業が始まります。
問題点の整理は、国際生活機能分類(ICF)で行います。これも、教科書にも載っている有名なものです。この考えは、理学療法士の国家試験でも当たり前に登場しますので、必ず理解し、使いこなせるようになって下さい。
このようにして理学療法評価を進める過程をトップダウン型の評価(トップダウン評価)と言います。私たち理学療法士が実際に臨床現場で使う評価方法です。理学療法評価の進め方は、トップダウン型とボトムアップ型の2種類あります。両者とも問題点を抽出するミッションは同じですが、そこに至るまでの過程に違いがあります。私は、これらを以下のように考えています。ポイントは、検査・測定をどのように考えるか?考え方の違いです。
- トップダウン型:検査・測定を仮説検証の手段と考える。
→問題点を仮説として挙げ、それを証明するために検査・測定を行い、問題点の正しさを裏付ける。
→医師による診察など、臨床現場で行われる評価手法。 - ボトムアップ型:検査・測定をスクリーニングの手段と考える。
→問題点を挙げるために一通りの検査・測定を行い、異常値から問題点を整理する。
→人間ドックなどがそれにあたる。
評価により問題点が整理できたら、後はこの問題点に対して理学療法を進めるだけなので、理学療法評価がいかに重要だということがわかったのではないでしょうか。問題点の的が外れていなければ、必ず、患者さんや利用者さんは良くなっていきます。逆に、問題点の的が外れていれば、患者さんや利用者さんは、なかなか良くなりません。評価の見直しが必要になります。
的が外れていなければどこが良かったのか、的が外れていればどこが悪かったのか、常に自分に対し、謙虚な姿勢で振り返り、反省することが大事なことだと思います。
まとめ
理学療法評価の流れをわかって頂けたでしょうか?
理学療法評価は、理学療法を進めるにあたり非常に重要です。なぜなら、治療方針が間違っていれば、患者さんや利用者さんが良くならないからです。
だからこそ、学生さんは、まずは、様々な世代の人との会話を通して、問診のためのコミュニケーション能力を高めて下さい。そして、たくさんの実技練習により、検査・測定で正確な数値を出せるようになって下さい。これらの地道な行動が、後の臨床実習、さらにその後の職場に生かされるのだと思います。頑張って下さい。
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