「ラポール形成」に苦労する学生さん
私は、見学実習にしろ、評価実習にしろ、総合実習にしろ、初めて実習に来る学生さんには、実習1週目にラポール形成について考えてもらい、実践してもらうようにしています。このラポール形成については、別の記事「ほとんどの学生さんが理解していない「理学療法評価」とは?」の中で、理学療法評価の一部として簡単に解説しました。
この中で、ラポールとはフランス語で「橋を架ける」を意味し、日本語では「信頼関係」を意味する言葉として紹介しました。主に心理学分野で使われている言葉ですね。
私は公認心理師の立場から、このラポール形成をとても重視しています。なぜなら、医療現場では、治療がうまくいくか否かは、患者さんや利用者さんとの信頼関係の深さに関係しているからです。
よく、医療従事者は患者さんの伴走者と表現されます。これは、医療従事者は患者さんの様子を、適宜、確認しながら、同じペースで、これから進む方向を共に見ながら、一緒に走っていくイメージだと思います。その際、時に患者さんを励まし引っ張っていきながら、一方で、患者さんの努力や頑張りに引っ張られながら、病気の回復に向かって二人三脚で歩んでいくのだと思います。だからこそ、まず、学生さんは患者さんや利用者さんとのラポール形成について考えてもらい、実践できるようになってほしいのです。
しかし、最近の学生さんは、このラポール形成が苦手なようです。それは、ラポール形成を行う上で重要となるコミュニケーション能力が低いことが考えられます。実際、同世代以外の人とのコミュニケーションが不足しているのだと思います。これは、実習の中で、学生さんに患者さんや利用者さんとのフリートークの時間を設けても、会話を継続することができず、しばらくしてお互い無言状態になってしまうことからもわかります。
一方で、会話を継続することができる学生さんもいます。その差は、過去の部活動などによる先輩とのやり取り、現在のボランティア活動やアルバイトによる先輩・上司とのやり取りの有無が関係していると思われます。この経験値の差が、臨床実習でのコミュニケーション能力の差となり、ひいてはラポール形成が行えるか否かの差につながっていくのだと思います。
「ラポール形成」を行うために、まず必要なこと
では、ラポール形成を行うために、まず必要なことは何でしょうか?
それは、短期間で終了してしまう臨床実習においては「第一印象」を良くよくすることです。これからお世話になる他職種含めた職員さん達に向けての印象、理学療法の対象となる患者さんや利用者さん達に向けての印象です。つまり、第一印象を良くすることは、ラポール形成の第一歩です。
では、第一印象を良くするために、私が実習初日に、実際に学生さんに対して指導することは、以下の通りです。
〜第一印象を良くするために意識してほしい行動〜
- 職員さん、患者さんや利用者さんへの「あいさつ」をしっかりすること
- 施設内の「掃除」をしっかりすること
この当たり前のことを徹底することを改めて確認し、指導しています。これは、何もできない、何もわからない実習生が、すぐにでも実践できることです。
1.「あいさつ」は、相手との最初のコミュニケーションです。別に大きな声で「あいさつ」する必要はありません。ただ、相手に「あいさつ」が届かなくては意味がありません。「あいさつ」をした時、相手の反応を確認し、返答があれば嬉しいものです。それは、同時に相手も感じているはずです。実習施設の職員さん、患者さんや利用者さんへの「あいさつ」の積み重ねが、「ラポール形成」につながるのだと思います。「あいさつ」がコミュニケーションの入り口であることを理解していない学生さんは、意外と多いです。
2.「掃除」は、実習生が実習地に貢献できる行動の1つです。「掃除」を一所懸命に行うことは、それだけで実習地への貢献です。貢献することを実習生が考える必要はないかもしれません。しかし、就職活動において、面接の中で準備しておくこととして、自分が就職先に対してどのように貢献できるかを考えておく必要があります。そのため、実習生でも貢献について考えておくことは必要なことなのです。つまり、「掃除」を一所懸命に行うことは、実習地への貢献と同時に、「ラポール形成」につながっていくのだと思います。「掃除」を行うという一見地味な活動が、周囲の心を動かし、後々大きな力となって自分に返ってくるのです。
その人がどんな自分物なのかは、第一印象でほとんど決まると言われています。短期勝負の臨床実習では、その後の実習を左右する重要なポイントです。清潔感のある身だしなみは、もちろんできていることが前提として話を進めましたが、その上で、「あいさつ」や「掃除」を意識することは、「ラポール形成」のためには重要なことだと思います。
「コミュニケーション能力」の重要性
「あいさつ」や「掃除」を意識し、実践できるようになったら、次は、患者さんや利用者さんとのコミュニケーションを取ることに入ります。ここでの「コミュニケーション能力」が「ラポール形成」には重要なってきます。そして、理学療法評価で行う「問診」の中で重要となってきます。
コミュニケーションは、単に会話をすることではありません。気持ちのキャッチボールです。相手の言葉を「傾聴」し、言葉の中に隠れた感情に「共感」することで、反応するのです。この時の反応とは、言葉で返すだけではありません。相槌や表情と言った言葉を伴わなくても良いのです。これを「非言語コミュニケーション」と言います。言葉の表面だけを受け取り、それを返すだけでは「ラポール形成」は難しいです。「傾聴」と「共感」はカウンセリングの基本ですが、カウンセリング的な気持ちを持って「非言語コミュニケーション」をうまく活用することが、コミュニケーション能力を高めることだと思います。
では、会話の切り出し方はどうすべきでしょうか?
会話が続かない人の特徴は、相手と何を話したら良いかわからないようです。問診を行う時も、情報収集として教科書に書いてあることをそのまま聞こうとします。しかし、いきなり年齢とか、家族構成とか、私的なことを聞こうとすると、それだけで相手は壁を作ってしまいます。
私が大学院生時代、人間関係論という講義の中で面白い話を聞きました。先生は、大学生の恋愛事情について調査していた方で、恋人がなかなかできない大学生の特徴について話をしてくれました。その際に問題になったのは、会話の切り口をどうしたら良いかわからない大学生が多いというのです。そこで先生は、恋愛ベタの大学生にまず「天気」の話題から切り出すコミュニケーションを提案したそうです。
「天気」の話というのは、老若男女、誰でも共通の出来事です。しかも、天気は毎日変化しています。これは、恋愛ベタの大学生に限った話ではありません。実習先で高齢者とお話をする際も役に立ちます。「天気」の話から、その日の体の調子を確認し、本題に入る。コミュニケーション能力の高い人は、自然と、無意識に行っているのだと思います。
実習地でコミュニケーションができない人のために
理学療法を行う上でのコミュニケーション能力は、情報収集を行う上で重要です。しかし、ただただ無機質に情報を聞き出すのでは、相手は必要な情報を話してはくれません。
コミュニケーションが苦手な人は、以下のことを意識して下さい。
〜臨床実習で使えるコミュニケーション法〜
- 会話の切り出しは「天気」の話題から。
- 相手の話を「傾聴」し、発する言葉に「共感」する。
- 「傾聴」するには相手に興味・関心を持ち、質問することでなされる。
- 「共感」するには相手の立場になって物事を考えることが必要。
- 反応は言葉だけではなく、相槌や表情などの「非言語コミュニケーション」も活用。
- 会話は「気持ちのキャッチボール」だということを意識する。
- 全体的に自分の話を2〜3割、相手の話を7〜8割でコミュニケーションを行う。
まとめ
自分と同世代以外の人とコミュニケーションを取ることは、非常に難しいことです。しかし、コミュニケーションの基本は、相手に興味・関心を持つこと。その際に自分の中で生じた感情を意識し、その気持ちを相手に返す。この「気持ちのキャッチボール」を言葉で行うことがコミュニケーションだと思います。是非とも、実習で生かして下さい。
コメント