PT実習生に立ちはだかる壁、それが臨床実習です
私が勤務している施設では、毎年5月に臨床実習生が来ます。実習生は皆、緊張と不安でいっぱいです。それは、事前連絡として施設に電話をかけるところから始まります。電話口では、ほぼ全ての実習生が緊張しています。台本を用意しているとは思いますが、電話口を通した話声から緊張がヒシヒシと伝わってきます。
臨床実習は必須カリキュラムであるため、臨床実習の単位を取得するために学生は避けて通れません。1つ上の先輩方から「課題が多くて眠れなかった」、「フィードバックで指導者い詰められた」等々、話を聞いているうちに不安の種が植え付けられ、聞けば聞くほど種は大きく育ってしまうのでしょう。
私は別の記事で適応障害になったこと、認知行動療法に救われたことを紹介しました。
適応障害とは、「強いストレスから憂うつな気分や落ち込みといった心の不調が出現し、日常生活を送ることが困難になる病気」です。おそらく、臨床実習に行きたくないと感じる実習生の多くは、強いストレスから適応障害に罹患しつつある状態かもしれません。この状態を放置しておくと、最悪、うつ病に発展しかねません。
私の場合、認知行動療法により、前よりも少しだけ心を軽くすることができました。今回は、認知行動療法についての概要を簡単に紹介し、セルフケアとして自分で実践できる方法を探っていきたいと思います。
学生が陥りがちな「極端な考え」とは?
私は、不安に押しつぶされそうな休職期間中、以下の書籍に出会いました。
私が参考にした「認知行動療法」に関する書籍
- 大野裕著:「はじめての認知療法」講談社現代新書
- 玉井仁、他著:「マンガでやさしくわかる認知行動療法」日本能率協会マネジメントセンター
- 大野裕、他著「簡易型認知行動療法実践マニュアル」ストレスマネジメントネットワーク
以下、上記書籍を参考文献として、私の経験をふまえて解説していきます。
認知行動療法とは、以下のように説明できます。
認知行動療法とは、「極端な考えや行動を修正することによって心を整え、気持ちを軽くするアプローチのこと」です。
この極端な考えというところがポイントです。
私の施設に来る実習生は、多くが実習初日のオリエンテーションの中で実習のに関して「実習が厳しそうで不安だ」とか「課題が多くて眠れるか心配だ」とか面談で話します。また、自分のことを「私は勉強ができない」とか「同級生と比べてもっとしっかりしなければいけない」とか考えています。
しかし、こういった実習生の言葉は、はたして本当のことでしょうか?
冷静に考えると、これらは極端な考えなのではないでしょうか?
本当に「実習は厳しいものなのか」、本当に「課題は多いのか」、本当に「実習は眠れないのか」・・・。また、本当に「自分は勉強ができないのか」、本当に「同級生より劣っているのか」・・・。決してそんなことはないはずです。
冷静に考えてみて下さい。実習は疲れることはあれ、有意義なものです。わからないことばかりだけど、それは実習課題ではありません。また、何を基準に勉強ができないか曖昧です。同級生と比べて全てが劣っているわけではありません。
そもそも、認知とはものの受け取り方や考え方のことです。この受け取り方や考え方を修正して行動を変えることが認知行動療法です。したがって、ものの受け取り方を一方向だけでなく、いろいろな方向からできるようにすることが認知行動療法のアプローチの1つなのです。
認知行動療法で重視する「自動思考」とは?
認知行動療法では、自動思考を大事にします。自動思考を簡単に説明すると以下の通りです。
自動思考とは、何かの出来事があった時に瞬間的に浮かぶ考えのこと。
例えば、実習生が指導者にわからないことを質問した時、そっけない態度で教えられたことを想像してみて下さい。この時、あなたの頭の中に浮かんだことは何でしょうか?
ある人は「指導者に嫌われている」と思うかもしれません。また、ある人は「わからない自分を見て見放された」と思うかもしれません。このように、何か出来事があった時に、瞬間的に頭に浮かぶ考えを自動思考と呼びます。私たちは、自動思考によって、気持ち・行動・身体が影響を受け、変化します。
自動思考がその後の気持ちや行動に影響を与える!
出来事 → その時に浮かんだ考え(自動思考) → 気持ち・行動・身体に影響
自分が落ち込んでいる時や不安な時のようなネガティブ感情を抱えている時は、考えが極端になる傾向があります。そういった時は、まず、自動思考を意識して、頭に浮かんでいる極端に悲観的な考えに注目してみて下さい。そして、この考えを客観的に捉えて対処することが重要となります。
「自動思考」でイメージする感情を言葉にできるか?
皆さん、今の感情を言葉にすることができますか?
認知行動療法では、今の気分を言葉にすることが最初の1歩です。人間には、四大感情と呼ばれるものがあり、具体的には「喜び」「うつ」「不安」「怒り」です。これら四大感情と認知・行動は密接な関係にあります。
例えば、「喜び」は、何かを得たと認知した時に感じるもので、喜びを感じている時は行動が広がります。例えば、指導者に褒められた時、自分が認められて信頼を得たと思います。その時に生じる喜びの感情により、気分は良くなり積極的に行動するようになります。
同様に「うつ(落ち込み)」は、何かを失ったと認知した時に感じるもので、うつ状態の時は行動が後ずさりします。例えば、指導者から怒られた時、自分が否定されて信頼を失ったと思います。その時に生じるうつの感情により、気分は落ち込み消極的に行動するようになります。
また、「不安」は、危険を認知した時に感じるもので、不安を感じている時はその出来事を避けるような行動に走ります。例えば、指導者から厳しい指導を受け続けると、指導者を自分にとって危険人物とみなします。その時に生じる不安な感情により、指導者に会いたくない、指導者がいる実習施設に行きたくないと避ける行動を取ります。
最後に、「怒り」は、何かに侵入された時に感じるもので、怒りを感じている時は攻撃的な行動に走ります。例えば、指導者に自分の気にしていることを突っ込まれた時、自分の心に土足で侵入されたと思います。その時に生じる怒りの感情により、指導者にイラッとし反抗的な行動を取ります。
以下に、上で説明した四大感情と認知・行動の関係を簡単にまとめてみます。
四大感情と認知・行動は密接な関係にある!・・・感情←→認知←→行動
- 喜び ←→ 獲得 ←→ 拡張
- うつ ←→ 喪失 ←→ 退却
- 不安 ←→ 危険 ←→ 回避
- 怒り ←→ 侵入 ←→ 攻撃
四大感情のうち、特に、ネガティブな感情は「こころの警報機」です。「うつ」「不安」「怒り」を認知すると、自分を守るための行動を取ろうとします。実習で感じるネガディブな感情を自動思考で感じた時は、まずは落ち着いて下さい。ネガティブな感情のまま行動すると、良くない結果を招くことがあります。とりあえず、冷静になりましょう。
ネガティブな感情を抱えている時は要注意
1.変化を放置したら要注意
先程、ネガティブな感情は「こころの警報機」ということを言いました。ネガティブな感情だけでなく、心や体の変化は何らかの注意を促す「警報器」と考えてみて下さい。このような“こころセンサー”や“からだセンサー”をうまく活用できれば、問題を早期に対処することができます。とても重要なことです。
何が原因なのか? 気分・行動・身体の変化が示していることを考える
- 気分の変化・・・落ち込み、憂うつ、不安、困惑、悲しい、みじめ、イライラ、など
- 行動の変化・・・何も手につかない、人と会うのを避ける、八つ当たり、など
- 身体の変化・・・睡眠不足、食欲低下、偏頭痛、まぶたの痙攣、動悸、など
気分・行動・身体に何らかの変化があった場合、それは自分に強いストレスがかかっている状態です。特に、臨床実習のような、常に緊張がつきまとうような環境では、ストレスを感じない人はいないと思います。通常、慣れてくれば緊張は薄れ、ストレスは和らいでいくものです。
しかし、2週間、3週間経っても、変化が改善されない場合は要注意です。自分では、まだ頑張れると思うかもしれませんが、こころセンサーは警報を鳴らし続けています。変だなと思ったら立ち止まり、誰かに相談して下さい。自分に気付けないことも、相談した相手は気づいてくれるはずですから。
2.決めつけ言葉を発していたら要注意
悩んでいたり、落ち込んだりした時は、決めつけ言葉がたくさん頭の中を駆け巡っています。つまり、自分や相手に対して決めつけ言葉を発している時は、頭の中がネガティブ感情に支配されています。以下に、発しがちな決めつけ言葉の例を挙げます。
発していませんか? 自分や相手をむしばむ「決めつけ言葉」
- いつも・・・・・「私は(あなたは)いつもミスをしてばかりだ」
- 決して・・・・・「この方法でやっても決してうまくはずがない」
- どうせ・・・・・「どうせ何をやってもダメなんだ」
- やっぱり・・・・「やっぱり私には(あなたには)できなかった」
- 絶対に・・・・・「私には(あなたには)絶対に無理だ」
- 何をやっても・・・私は(あなたは)何をやってもうまくできないよ」
- 私が悪い・・・・・「この失敗は私が(あなたが)悪いんだ」
決めつけ言葉を発する人は、気持ちがネガティブになっています。ネガティブな人の周りには、誰も近寄りたくありません。私は、ネガティブは伝染すると考えています。実際、決めつけ言葉が多い職場や愚痴の多い職場は、雰囲気が暗いものです。以前の職場がそうでした。もし、自分が決めつけ言葉を発していたら、あるいは相手が発していたら、それは、助けを求める心の叫びなのかもしれません。
3.特徴的な認知の偏り(ゆがみ)に要注意
精神的につらくなっている時は、一般的に、現実を見ているようできちんと見ておらず、悲観的になりすぎています。以下に挙げた「特徴的な認知の偏り(ゆがみ)」は、悲観的な時になりがちな極端な考えの例です。自分自身が考えがちな自動思考に当てはまるかチェックしてみて下さい。
自分自身ははどうなのか? 特徴的な認知の偏り(ゆがみ)に気づいて心を軽くする
- 思い込み・決めつけ
・・・実習でミスをした時に、「私はいつもミスをしてばかりだ」と考える。 - 白黒思考
・・・指導者から測定のミスを指摘された時、「やはり自分は勉強ができないのだ」と考える。 - べき思考
・・・できるだけの検査・測定の準備をしてもミスが出た時に、「もっと準備をすべきだった」と考える。 - 自己批判
・・・グループで取り組んできたレポート課題でミスをした時、すぐに「自分が悪かったのだ」と考える。 - 深読み
・・・指導者が不機嫌な顔をしているだけで、「指導者は私のことを嫌いになったんだ」と考える。 - 先読み
・・・前回の実習で失敗した経験から、「きっと今度も失敗するだろうと」考える。
認知の偏り(ゆがみ)は、自分の考えのクセです。精神的につらくなっている時は、正常な判断ができず、認知の偏りで物事を判断しがちになります。このような時は、自分を客観視することが難しい状態です。誰かに相談するなどして、自分を冷静に見つめることができると、それだけでも心は軽くなります。
ヒトの性格を一方向だけを見て判断しない
この記事の前半部分で、認知とはものの受け取り方や考え方であると説明しました。そして、この受け取り方や考え方を修正して行動を変えることが認知行動療法であると説明しました。ものの受け取り方を一方向だけでなく、いろいろな方向からできるようにすることは認知行動療法では重要なアプローチです。これは、人の性格にも言えます。
例えば、先ほど挙げた特徴的な認知の偏りの中で、思い込み・決めつけ傾向の強い人は、そそっかしい人と思われがちです。しかし、別の見方をすれば、判断が速い人、決断力がある人とも言えますよね。
同様に、白黒思考の強い人は、完璧主義と思われがちです。しかし、別の見方をすれば、きちんとしている人なはずです。
べき思考の人はどうでしょうか?堅物で融通が利かない人と思われがちですが、別の見方をすれば頑張り屋な人ではないでしょうか。
自己批判しがちな人は自信のない人と思われがちですが、別の見方をすれば丁寧な人のはずです。
深読みしがちな人は疑り深い人なのもしれませんが、別の見方をすれば思いやりがある人なのかもしれません。
先読みしがちな人は悲観的な人かもしれませんが、別の見方をすれば慎重な人なのだと思います。
このように、性格は一方向だけを見て判断してはいけません。見方によっては、短所だと思っていた性格は長所にもなりうるのです。このような視点が大事なのです。
まとめ
今回は、認知行動療法のほんの一部を紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
ポイントは、人は落ち込んでいる時、不安な時など、精神的に追い詰められた状態にある時は、極端な考えや行動を取りがちになります。それを修正することで心を整え、気持ちを軽くするのが認知行動療法です。
自動思考を意識する。そして、ものの受け取り方を一方向だけでなく、いろいろな方向からできるようにする。まずは、自分を冷静に見つめ、考えられるようになって下さい。もし、それができなければ、自分1人で対処するのではなく、相談することで誰かを頼って下さい。きっと、自分に気づけない一面に気づくことができるはずです。
認知行動療法の実践的な取り組みは、また別の記事で紹介したいと思います。
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